見出し画像

神の始(遠野物語)

大昔に女神あり、三人の娘を伴ないてこの高原に来たり by柳田國男


🌸遠野の郷

 遠野の郷は、遠野三山に囲まれた標高250mから300mほどの遠野盆地にあります。
 遠野盆地は、北上高地のほぼ中央にあり、南北約30km、東西約20kmにわたる北上高地最大の盆地です。

 遠野三山とは、北の早池峰山、東の六角牛山、北西の石上山という1千m級の山々です。

残雪を纏う霊峰早池峰山(標高1,917m、令和5〔2023〕年5月11日撮影)
遠野の郷では、これからが田植えです。
遠野小富士の異名を持つ六角牛山(標高1,294m、令和5〔2023〕年5月11日撮影)
左奥に見える山が石上山(標高1,038m、令和5〔2023〕年5月11日撮影)
この石上山を遠望した画像を撮影した場所は、遠野市青笹町です。
この青笹町で、遠野三山の全てを見ることができます。
遠野市街地の中心地域からは、石上山を見ることができません。

 この中の早池峰山(標高1,917m)は、古くは東峰と呼ばれた北上高地の最高峰で、岩手山(標高2,038m)や姫神山(標高1,124m)とともに、旧盛岡藩領の三鎮山として信仰されていた山でもあります。
 柳田國男は、この山々に関するエピソードを「遠野物語」で次のように記しています。

《略》四方の山々の中に最も秀でたるを早池峯という、北の方附馬牛の奥にあり。東の方には六角牛山立てり。石神という山は附馬牛と達曾部との間にありて、その高さ前の二つよりも劣れり。大昔に女神あり、三人の娘を伴ないてこの高原に来たり、今の来内村の伊豆権現の社あるところに宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山を与うべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めて窃にこれを取り、わが胸の上に載せたりしかば、ついに最も美しき早池峯の山を得、姉たちは六角牛と石神とを得たり。若き三人の女神おのおの三の山に住し今もこれを領したもう故に、遠野の女どもはその妬みを畏れて今もこの山には遊ばずといえり。
《略》
○タッソベもアイヌ語なるべし。岩手郡玉山村にも同じ大字あり。
○上郷村大字来内、ライナイもアイヌ語にてライは死のことナイは沢なり、水の静かなるよりの名か。

「遠野物語」第2話

 遠野物語の記述を現代の口語訳にすると、以下のようになります。

《略》四方の山々の中で最も秀でた山を、早池峰といいます。北の方、附馬牛の奥にあります。東の方には六角牛山が立っています。石神という山は附馬牛と達曾部との間にあって、その高さは前の二つよりも低いです。
大昔に女神がいて、三人の娘を連れてこの高原に来ました。今の来内村の伊豆権現の社がある場所に宿った夜、「今夜、よい夢を見た娘によい山を与えましょう。」と母の神が語って寝たところ、夜深く、天から霊華が降り、姉の姫の胸の上に止まったのを、末の姫が目覚めて、こっそりこれを取り、自分の胸の上に乗せたところ、ついに、最も美しい早池峰の山を得て、姉たちは六角牛と石神とを得ました。若い三人の女神は、それぞれ三つの山に住み、今もこれを支配しておられるので、遠野の女たちはその妬みを恐れて、今もこの山には入らないといいます。
《略》
○タッソベもアイヌ語であろう、岩手郡玉山村にも同じ大字があります。
○上郷村大字来内、ライナイもアイヌ語で、ライは死のこと、ナイは沢、水が静かなことからの名かと思われる。

「遠野物語」第2話

 「石神」は「石上」のことです。

遠野市立博物館エントランスホールの展示

 この「遠野物語」第2話に出てくる遠野三山の由来話は、遠野の郷の山岳信仰について示しています。
 かつて山は、今以上に人々の暮らしとともにありました。山麓の農民にとっては水分りの山であり、水をもたらす源として崇拝されました。ドングリや栃の実、キノコなど食材も豊富で、山は実り豊かな富をもたらす生産の原点でした。また、森林は家屋の建築資材の供給源であり、薪炭の原材としても貴重な資源でした。
 山岳信仰とは、山に対して畏敬の念を抱き、神聖視して崇拝し儀礼を執行する信仰形態です。つまり、遠野の郷の人々は、遠野三山が神の住まう神聖なものとして生活してきたのです。

🌸遠野高校ギャラリー

本校に勤務していた教職員が制作した版画作品。
遠野物語第2話にある遠野三山と三女神をテーマにしています。

 本校の校舎1階には、遠野物語をテーマとした版画作品等、生徒や教職員の作品を展示しています。

作品銘「遠野-Tono-」
平成16(2004)年度岩手県高校総合文化祭美術工芸展デザイン部門特賞作品


最後までご覧いただきありがとうございます。本校の公式ホームページを見る際は、下の画像をクリックしてくださいね。